マーケティングの定義とは?AMA定義の変遷で読み解く90年の進化史

マーケティングの定義は、時代とともに何度も書き換えられてきました。本記事では、世界最大のマーケティング専門組織であるAMA(American Marketing Association:全米マーケティング協会)が公式に採択した4つの定義(1935年・1985年・2004年・2007年)を時系列で追いながら、各定義が生まれた時代背景と、コトラーが提唱するマーケティング1.0〜5.0との対応関係を解説します。「マーケティングとは何か」という問いへの答えがどう変化してきたのかを知ることで、現代のマーケティング戦略を考えるための土台が見えてきます。
AMAによるマーケティング定義の変遷【タイムライン】
AMAは1937年の設立以来、マーケティングの公式定義を策定・改定してきた世界的権威です。その定義は学術研究の基盤であると同時に、実務家がマーケティング活動の範囲を捉えるための指針にもなっています。
ここでは、AMAが公式に採択した4つの定義を時系列で見ていきましょう。
(マーケティングとは、生産者から消費者への商品およびサービスの流れを方向づける事業活動の遂行である。)
(マーケティングとは、個人および組織の目的を満たす交換を創出するために、アイデア・商品・サービスのコンセプト立案・価格設定・プロモーション・流通を計画し実行するプロセスである。)
(マーケティングとは、顧客に対して価値を創造・伝達・提供し、組織およびそのステークホルダーに利益をもたらす形で顧客関係を管理するための組織的機能とプロセスの総体である。)
(マーケティングとは、顧客・依頼者・パートナー・社会全体にとって価値のある提供物を創造・伝達・提供・交換するための活動、一連の制度、およびプロセスである。)
各定義が生まれた時代背景
マーケティングの定義は、その時代の経済環境・技術革新・消費者行動の変化と密接に結びついています。なぜAMAはその定義を選んだのか、時代背景とあわせて理解することで、定義の本質的な意味が見えてきます。
大量生産・大量消費の幕開け
産業革命によって工場での大量生産が可能になった時代です。フォードがT型フォードをベルトコンベアで大量生産し始めたのは1908年。1935年当時の最大の課題は「作ったモノをいかに消費者に届けるか」でした。マーケティングの学問的研究がアメリカの大学で始まったのも1902年頃とされ、その関心は主に商品の流通と配分にありました。この時代の定義が「生産者から消費者への流れ」に集中しているのは、時代の必然と言えます。
競争激化とマーケティング・ミックスの成熟
1960年代にマッカーシーが4P(Product, Price, Place, Promotion)を提唱し、1970年代にはコトラーがSTP分析を体系化。オイルショックを経て市場は成熟し、「作れば売れる」時代は終焉を迎えました。似たような商品があふれる市場で勝つために、企業は計画的なマーケティング戦略を求められるようになります。1985年の定義に4Pの各要素が明示されているのは、こうした実務上の要請を反映したものです。
IT革命と関係性マーケティングの台頭
1990年代後半のインターネット普及、2000年代のCRMシステムの浸透により、企業は顧客との長期的な関係構築を重視するようになりました。パルバティヤーら研究者は「取引的なマーケティングから関係性のマーケティングへのパラダイムシフト」を主張し、ヴァーゴとラッシュは「サービス・ドミナント・ロジック(S-Dロジック)」を提唱。価値は企業が一方的に作るものではなく、顧客との共創によって生まれるという考え方が広がりました。2004年の定義に「価値」と「顧客関係の管理」が中核に据えられたのは、こうした学術的潮流の影響です。
ソーシャルメディアとCSRの時代
Facebook(2004年)、Twitter(2006年)、iPhone(2007年)と、ソーシャルメディアとモバイルが急速に普及した時代です。消費者は情報の受け手から発信者に変わり、企業の社会的責任(CSR)への関心も高まりました。2004年定義への批判として「マーケティングを企業の一機能に矮小化している」「社会全体への影響を考慮していない」という指摘がAMA会員約2,500名への調査で浮き彫りになり、わずか3年での改定につながりました。
AMA定義とコトラーの「マーケティングX.0」の対応関係
フィリップ・コトラーは、マーケティングの時代的変遷をマーケティング1.0〜5.0として整理しています。AMAの定義変遷と並べて見ると、公式定義が時代の変化を「追認」する形で更新されてきたことがよくわかります。
産業革命による大量生産の時代。需要が供給を上回っていたため、「より安く作って、より多く売る」ことがマーケティングの中心課題でした。フォードのT型フォード(1908年)に象徴されるように、製品の規格化とコスト削減が競争力の源泉。消費者のニーズを探るという発想はまだ乏しく、企業が主導権を握る「作れば売れる」時代です。
技術発展により類似商品が市場にあふれ、価格競争が激化。オイルショック(1973年)も重なり、「作れば売れる」時代は終焉を迎えます。企業は「消費者が何を求めているか」を分析する必要に迫られ、STP分析(セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング)が体系化されました。マーケティングの主語が「企業」から「消費者」へシフトした時代です。
インターネットの普及により、消費者が自ら情報を取得・発信できる時代に。商品の機能的価値だけでなく、企業の理念・社会的責任・ブランドストーリーといった精神的価値が購買の決め手になりました。「何を買うか」だけでなく「誰から買うか」を消費者が意識し始めた時代です。
スマートフォンとSNSが社会インフラとなり、消費者は情報の受け手から「推奨者」へと変化。企業が一方的に価値を伝えるのではなく、顧客が自ら発信し、ブランドを共に育てる時代です。オンラインとオフラインを融合したオムニチャネル戦略、カスタマージャーニーの5A(認知→訴求→調査→行動→推奨)がキーワードになりました。
AI・IoT・ビッグデータ・AR/VRなどの先端テクノロジーを活用しつつ、人間らしさ(ヒューマニティ)を重視する時代。テクノロジーで一人ひとりの顧客体験をパーソナライズしながらも、社会課題の解決や倫理的な配慮を両立させることが求められています。コトラーは「テクノロジーは人間性のために使われるべき」と提唱しています。
上のタイムラインで「対応するAMA定義」を各項目に記載しましたが、注目してほしいのは、AMAの定義改定がコトラーの時代区分に対して常に「後追い」になっている点です。マーケティングの実務や学術的な議論が先に進み、公式定義がそれを追認する形で更新されてきました。そして、マーケティング4.0・5.0に対応するAMA定義の改定は、まだ行われていません。
AMA定義4世代の比較表
4つの定義を主要な観点から比較すると、マーケティングという概念がどの方向に拡張されてきたかが一目でわかります。
| 観点 | 1935年 | 1985年 | 2004年 | 2007年(現行) |
|---|---|---|---|---|
| 主語 | 事業活動 | プロセス | 組織的機能とプロセス | 活動・制度・プロセス |
| 中核概念 | 商品の流通 | 交換の創出 | 価値の創造と関係性管理 | 価値ある提供物の交換 |
| 対象 | 商品・サービス | アイデア・商品・サービス | 価値 | 提供物(offerings) |
| 受益者 | 消費者 | 個人と組織 | 顧客とステークホルダー | 顧客・依頼者・パートナー・社会全体 |
| 方向性 | 一方向(生産者→消費者) | 双方向(交換) | 企業起点の関係管理 | 多方向(社会システム全体) |
| 対応するコトラーX.0 | 1.0(製品中心) | 2.0(消費者志向) | 3.0(価値主導) | 3.0後期〜4.0 |
定義の変遷から読み取れる3つのシフト
シフト①:「モノの流通」から「価値の共創」へ
1935年の定義では、マーケティングは商品を生産者から消費者へ届ける「流通活動」でした。2007年の現行定義では、価値のある提供物を「創造・伝達・提供・交換」するプロセスへと進化しています。このシフトは、企業が一方的に価値を提供する存在から、顧客やパートナーと共に価値を生み出す存在へと変わったことを意味しています。
シフト②:「企業の活動」から「社会のシステム」へ
マーケティングの「主語」に注目すると、1935年は「事業活動」、1985年は「プロセス」、2004年は「組織的機能」と、一貫して企業活動として定義されていました。2007年に「活動・制度・プロセス」と改められたことで、マーケティングは企業内の一機能ではなく、メーカー・卸売業者・小売業者・消費者・規制機関を含む社会全体のシステムとして捉えられるようになりました。
シフト③:「消費者」から「社会全体」へ
受益者の範囲は、1935年の「消費者」から2007年の「顧客・依頼者・パートナー・社会全体」へと段階的に拡大してきました。この変化は、マーケティングが企業利益の追求だけでなく、社会的責任や公共的価値の創出を含む広い概念として再定義されたことを示しています。
AMA定義の変遷は、大企業やアカデミアだけの話ではありません。中小企業のマーケティングにおいても、「自社の商品をどう売るか」(1935年型の発想)だけでは不十分です。顧客にとっての価値を考え(2004年型)、さらに地域社会やパートナーを含めた関係性の中で自社の存在意義を示す(2007年型)視点が、現代のマーケティング戦略には求められています。飲食店であれば「地域の食文化への貢献」、クリニックであれば「地域医療の一翼を担う存在」として、自社のマーケティングを社会的文脈の中に位置づけることが、長期的なブランド価値の構築につながります。
現行定義(2007年)は今も有効か?
2007年の現行定義が策定されてから、すでに約19年が経過しています。この間、マーケティングの環境はAI・ビッグデータ・SNS・D2Cモデルの普及など、劇的な変化を遂げました。
コトラーはマーケティング5.0(2021年)において、AI・IoT・ブロックチェーンなどのテクノロジーを活用しながらも人間性を重視する新しいマーケティングのあり方を提唱しています。一方、AMAの公式定義は2007年のまま更新されていません。
現行定義の「社会全体に価値のある提供物を創造・伝達・提供・交換する」という枠組みは、十分に広い概念であるため、デジタルマーケティングやAIマーケティングの実務とも矛盾しません。しかし、「データ」「テクノロジー」「パーソナライゼーション」「顧客体験(CX)」といった現代マーケティングのキーワードが定義に反映されていない点は、今後の改定議論の焦点になる可能性があります。
まとめ
AMAの公式定義は、1935年の「モノの流通」から2007年の「社会全体への価値提供」へと、約70年をかけて大きく進化してきました。
この変遷は、製品中心→消費者志向→価値共創→社会的価値というマーケティング思想の発展をそのまま映し出しています。コトラーのマーケティングX.0と重ねて読むことで、各定義が「なぜその言葉を選んだのか」がより深く理解できるはずです。
マーケティングの定義を知ることは、自社のマーケティング戦略が「どの時代の発想」に基づいているかを客観視するための出発点になります。1935年型の「売る仕組み」で止まっていないか、2007年型の「社会に価値を届ける仕組み」として設計できているか。定義の変遷を振り返ることが、自社のマーケティングを進化させる第一歩です。
